オレ様大好き パート2
2010年 11月 27日
『ルクソール神殿』は、エジプト・ルクソール東岸にある古代エジプト時代の神殿
元々、『カルナック神殿』の中心を形成するアメン大神殿の付属神殿としてエジプト第18王朝ファラオ・アメンホテプ3世、その後ラムセス2世によって建設されたものだ
その2人の間に、アメテンホプ3世の息子アクエンアテン王と義理の息子ツアンカーメンもすこーしだけ建設にかかわっている

神殿入口にはラムセス2世の坐像、その手前にはオベリスク(高さ25m、ラムセス2世が建立)が1本立っている
オベリスクというのは神殿に建てられた記念碑
太陽神ラーの信仰を具現化したもので、柱は太陽から降り注ぐ光を表し、世界の軸、あるいは天と地を結ぶ軸を表していた
本来オベリスクは左右2本あったが、右側の1本はパリに運ばれ、現在コンコルド広場にある
なぜ、パリに??
19世紀エジプト君主ムハメッド・アリが、ナポレオン3世から大きな置時計(現在ガーマ・ムハメッド・アリにあり、故障中)をもらい「代わりにオベリスクが欲しい」と言われ、その価値も分からずに「はい!」と渡してしまったそうだ
でも、コンコルド広場にあるオベリスクがエジプトから来たものだと知る人は少ないだろうし、
パリの方が見てもらえるような気がする
ちなみに、世界に現存するオベリスクのうち23本がエジプト国外にある
イタリアにはなんと16本!

第1塔門(高さ24m、幅65m)にはカデシュの戦いが描かれている
〈カデシュの戦い〉とは、紀元前1285年頃に起きた、古代エジプトとヒッタイトの戦いのことである
レリーフには、「エジプト軍が勝利しました!ラムセス2世の武勇っぷりとくとごらんあれ!」
てな感じに描かれているのだが、実際には自慢できるような大勝利には程遠く、ヒットイト側が優勢であったとも考えられている

ラムセス2世の中庭
パピルス柱に囲まれた広場で、柱の間にラムセス2世の立像が並ぶ

大列柱廊
高さ19mのパピルス式柱が2列14本立ち並ぶ

大理石のツタンカーメン王とアンケセナーメン王妃の座像
これを見たラムセス2世
お向かいに、もっと大きい大理石の自分像を建てる
アメンホテプ3世の中庭
64本のパピルス柱が立つ広場
なぜかキリスト教のフレスコ画
漆喰の下からレリーフが見える
初代王朝が成立してローマ支配化に入るまでの、およそ3,000年に渡って栄えてきた古代エジプト
その最後の王朝・プトレマイオス朝は紀元前30年に滅ぼされ、エジプトはローマ帝国の属州となって、ローマ帝国の統治下でキリスト教が広まった
そのキリスト教徒たちが神殿の壁に漆喰を塗り、キリスト教の絵を描いた
ちなみに彼らは神殿やお墓内に住み、そこで火を炊いたりしたもんだから、天井が黒く煤けているところもある
この悠久の年月を感じさせる大神殿の中に、小奇麗なアブー・エル・ハッジャージ・モスクがある
アジーズさん曰く、
「13世紀に建てられたモスクで、去年新しく造り直しました。エジプト人が憧れる大切なモスク」
とのこと

時は15時
フリータイム30分
いつもこんなに長くフリータイムはないのに・・・
敬虔なイスラム教徒・アジーズさんは、お祈りに行ったと思われる
元々、『カルナック神殿』の中心を形成するアメン大神殿の付属神殿としてエジプト第18王朝ファラオ・アメンホテプ3世、その後ラムセス2世によって建設されたものだ
その2人の間に、アメテンホプ3世の息子アクエンアテン王と義理の息子ツアンカーメンもすこーしだけ建設にかかわっている

神殿入口にはラムセス2世の坐像、その手前にはオベリスク(高さ25m、ラムセス2世が建立)が1本立っている
オベリスクというのは神殿に建てられた記念碑
太陽神ラーの信仰を具現化したもので、柱は太陽から降り注ぐ光を表し、世界の軸、あるいは天と地を結ぶ軸を表していた
本来オベリスクは左右2本あったが、右側の1本はパリに運ばれ、現在コンコルド広場にある
なぜ、パリに??
19世紀エジプト君主ムハメッド・アリが、ナポレオン3世から大きな置時計(現在ガーマ・ムハメッド・アリにあり、故障中)をもらい「代わりにオベリスクが欲しい」と言われ、その価値も分からずに「はい!」と渡してしまったそうだ
でも、コンコルド広場にあるオベリスクがエジプトから来たものだと知る人は少ないだろうし、
パリの方が見てもらえるような気がする
ちなみに、世界に現存するオベリスクのうち23本がエジプト国外にある
イタリアにはなんと16本!

〈カデシュの戦い〉とは、紀元前1285年頃に起きた、古代エジプトとヒッタイトの戦いのことである
レリーフには、「エジプト軍が勝利しました!ラムセス2世の武勇っぷりとくとごらんあれ!」
てな感じに描かれているのだが、実際には自慢できるような大勝利には程遠く、ヒットイト側が優勢であったとも考えられている

ラムセス2世の中庭
パピルス柱に囲まれた広場で、柱の間にラムセス2世の立像が並ぶ

大列柱廊
高さ19mのパピルス式柱が2列14本立ち並ぶ

大理石のツタンカーメン王とアンケセナーメン王妃の座像
これを見たラムセス2世
お向かいに、もっと大きい大理石の自分像を建てる
アメンホテプ3世の中庭
64本のパピルス柱が立つ広場
なぜかキリスト教のフレスコ画
漆喰の下からレリーフが見える
初代王朝が成立してローマ支配化に入るまでの、およそ3,000年に渡って栄えてきた古代エジプト
その最後の王朝・プトレマイオス朝は紀元前30年に滅ぼされ、エジプトはローマ帝国の属州となって、ローマ帝国の統治下でキリスト教が広まった
そのキリスト教徒たちが神殿の壁に漆喰を塗り、キリスト教の絵を描いた
ちなみに彼らは神殿やお墓内に住み、そこで火を炊いたりしたもんだから、天井が黒く煤けているところもある
この悠久の年月を感じさせる大神殿の中に、小奇麗なアブー・エル・ハッジャージ・モスクがある
アジーズさん曰く、
「13世紀に建てられたモスクで、去年新しく造り直しました。エジプト人が憧れる大切なモスク」
とのこと

時は15時
フリータイム30分
いつもこんなに長くフリータイムはないのに・・・
敬虔なイスラム教徒・アジーズさんは、お祈りに行ったと思われる
by hippi277
| 2010-11-27 14:04
| エジプト
|
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