ラムセス2世、負ける
2010年 11月 26日
『王家の谷』
ルクソールのナイル西岸にある、新王国時代(3,000~3,500年前)の王墓
それ以前に建設されていたピラミッドは、みーんな盗掘にあっていたから、それを免れるためにこの谷を選んで墓を掘るおうになったんだって
山の形もピラミッドっぽいもんね
写真はこれだけ

なんとカメラおよびビデオの持込みが禁止になっていた
以前はカメラの持込みのみオッケーで、内部の撮影は禁止されていたのだが、
主に欧米の旅行客が、内部の写真を勝手に撮影してしまうために、すべて禁止になってしまったのだ
ほんと奴等はどうかと思う
炎天下ノースリーブだったり、っていうか、イスラムのお国でノースリーブってマズイだろ
自分らの文化をまんま他国に持ちこむなっての
ということで、以下文章のみの説明
『ラムセス4世の墓』・『ラムセス9世の墓』・『ラムセス3世の墓』を見学
ファラオの権力を示す神の壁画や宇宙や冥界を表す絵柄が多い
太陽光に当たらなかったためか、3,000年以上も前に色彩がしっかり残っており、今目の前にあるのがスゴイ!
天井いっぱいの星空や天空の女神ヌゥト女神
なんか、『魔女の宅急便』でウルソラが描いたような絵のよう
つまり、幻想的なんです
これらの墓は、19世紀に次々と発掘されたが、ことごとく盗掘に遭っていて、副葬品などはほとんど発見されなかった
それが1922年、イギリス人考古学者のハワード・カーターがツタン・カーメンの墓を発見!
なんと、せまーいお墓の中に約2,000もの副葬品が当時のままの形で見つかったのだ
それらは今エジプト考古学博物館に展示されており、お墓内にあるのは彼のミイラと棺
それでも、壁画の色は鮮やかに残っている
なぜ彼の墓だけが盗賊に見つからず、埋葬された当時のままの形で発見されたのか?
それは、ひとつにツタン・カーメンの真上に別の王の墓があったことと、彼のお墓がほかの王と比べて極端に小さかったから
墓が小さいのは、ツタン・カーメンは18歳という若さで亡くなって、大して政治的手腕を振るうことができなかったからだろうか
もしそうだとしても、
一番有名なファラオは、ラムセス2世ではなくツタン・カーメンなのよねー

ルクソールのナイル西岸にある、新王国時代(3,000~3,500年前)の王墓
それ以前に建設されていたピラミッドは、みーんな盗掘にあっていたから、それを免れるためにこの谷を選んで墓を掘るおうになったんだって
山の形もピラミッドっぽいもんね
写真はこれだけ

なんとカメラおよびビデオの持込みが禁止になっていた
以前はカメラの持込みのみオッケーで、内部の撮影は禁止されていたのだが、
主に欧米の旅行客が、内部の写真を勝手に撮影してしまうために、すべて禁止になってしまったのだ
ほんと奴等はどうかと思う
炎天下ノースリーブだったり、っていうか、イスラムのお国でノースリーブってマズイだろ
自分らの文化をまんま他国に持ちこむなっての
ということで、以下文章のみの説明
『ラムセス4世の墓』・『ラムセス9世の墓』・『ラムセス3世の墓』を見学
ファラオの権力を示す神の壁画や宇宙や冥界を表す絵柄が多い
太陽光に当たらなかったためか、3,000年以上も前に色彩がしっかり残っており、今目の前にあるのがスゴイ!
天井いっぱいの星空や天空の女神ヌゥト女神
なんか、『魔女の宅急便』でウルソラが描いたような絵のよう
つまり、幻想的なんです
これらの墓は、19世紀に次々と発掘されたが、ことごとく盗掘に遭っていて、副葬品などはほとんど発見されなかった
それが1922年、イギリス人考古学者のハワード・カーターがツタン・カーメンの墓を発見!
なんと、せまーいお墓の中に約2,000もの副葬品が当時のままの形で見つかったのだ
それらは今エジプト考古学博物館に展示されており、お墓内にあるのは彼のミイラと棺
それでも、壁画の色は鮮やかに残っている
なぜ彼の墓だけが盗賊に見つからず、埋葬された当時のままの形で発見されたのか?
それは、ひとつにツタン・カーメンの真上に別の王の墓があったことと、彼のお墓がほかの王と比べて極端に小さかったから
墓が小さいのは、ツタン・カーメンは18歳という若さで亡くなって、大して政治的手腕を振るうことができなかったからだろうか
もしそうだとしても、
一番有名なファラオは、ラムセス2世ではなくツタン・カーメンなのよねー

by hippi277
| 2010-11-26 07:40
| エジプト
|
Comments(0)

