本当にあった 奇跡のサバイバル60



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「奇跡の」と書いてあるから、生還した人たちの話で、希望に満ちた話だろう!

と思いきや、確かに生還しているのだが、仲間の多くは亡くなっていたりと、かなり悲惨。

【第1章】サバイバル(22エピソード)
【第2章】脱獄(6エピソード)
【第3章】戦争(12エピソード)
【第4章】難破(13エピソード)
【第5章】誘拐・人質(7エピソード)
から構成され、

・アンデス山脈に墜落するも、人肉を食べて生きながらえる。
飛行機って落ちて助かっても、すぐに助けが来なかったらつらすぎる、とか

・たった1人で食糧もなく、大西洋を漂流。
サバイバルなんて、絶対するもんじゃないな、とか

 人間も怖いけど、自然というものは絶対にあがらうことのできない存在なんだと思い知る本。
ただ、その中で救いだったのが、関東大震災時のオーストラリア船による救助。

 1923年9月1日正午、カナディアン・パシフィック・ラインのエンプレス・オブ・オーストラリアは、バンクーバーにむけて大桟橋を出航するはずであったが、その2分前の11時58分、関東大震災発災!
  エンプレス・オブ・オーストラリアは出航をとりやめ、その後9日間にわたり横浜にとどまって、数千人の人々を救済した。また、9月3日にバンクーバーから入港したエンプレス・オブ・カナダも食料と飲み水を提供するとともに、被災者を神戸に運んだ、というもの。

 海での惨事と外国との友好といえば、エルトゥールル号事件が有名で、外務省ホームページにも記載されているが、(明治天皇の親書の答礼としてオスマン・パシャ提督率いる総勢650名の使節団が軍艦エルトゥールル号に乗り1890年に日本へ来日。しかし、帰路、同使節団は和歌山県串本町大島の沿岸で台風により沈没。結果、オスマン提督含む587名の乗組員が死亡する惨事となったが、付近住民の献身的な救助により69名の乗組員を救出。後に日本海軍の巡洋艦によりトルコへ帰国した、というもの。)
関東大震災時に、外国船が日本人を救済してくれた話など、ほとんどの日本人が知らないのではないだろうか。

 歴史を学ぶということは、年号や名称を記憶することではなく、過去の過ちを含めた出来事からこれからの未来にどのように活かせるのかを考えることだと思う。

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by hippi277 | 2017-10-09 10:34 | はじめに、 | Comments(0)

渡航回数30回以上、21か国。旅のスタイルは一人旅、友達旅、家族旅など様々。社会人。有給休暇を使って世界を巡ります。


by ひっぴ
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